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ふしあなからのぞいた風のとおりみち  2014.10月
                 ~運動会は誰のもの~

 今年も運動会が終わりました。
 「ここがよかったよ~」とか「ここがいまいち」とか、みんなで声を出しましょうね。でないと、来年の運動会をもっと面白くすることができませんから。
 
運動会が終わって、いろいろな声が上がってきています。
「今年で、学童も終わり」というNちゃんのお父ちゃん。「もうこれでしょっちゅうお会いすることのできない方だわ」と思っていたら、来年も来てくれて、カメラ係りをやってくれるというのです。「現役の親は、ファインダー越しではなく、自分の目でしっかりと子どもを見たほうがいい」というのです。OBになるお父ちゃんの目に映ったものは、子どもたちの一生懸命な姿だったようです。そのことを、しっかり次の世代の親たちにつなぐ役目を買って出てくれました。ありがたいことです。
運動会を前にして、8月終わりごろから実行委員会が開かれ、運動会準備に入ります。学童からわらしべに入ったK君のお母ちゃん。学童からわらしべに入った子たちは、なかなかお母さんともお話しする機会が少ないのが残念と、日ごろから私は思っているのですが、今年の運動会実行委員会に入ってくれました。運動会実行委員会は、その年の子どもたちにピッタリとくる競技を作っていきたいので、子どもたちのおうちでの様子、保育園・学童での様子をお互いに率直に出し合い、「子どもたちにとって今何が問題なのか」を洗っていく作業から始まります。
みんなで話し合っているうちに、特に新しい親たちの中で「わらしべは楽しまなければいけない強制のあるところだと感じている人がいるようだ」という話が出てきました。そして「実行委員の中にもそれがあるのではないか」ということが出されてきました。さらに話し合いを重ねていくと、「誰が誰に強制するのか」「強制されて楽しむことはできるのか」など多くの問題点に突き当たりました。
その後、‘楽しむ’という行為は「自分が、自分で楽しむ」ということであって、誰かに強制されて楽しむことはできないと判明。「~ねばならない」という強制、どうやら自分の頭で勝手にタガをはめて、勝手に作り出し、自分に当てはめているのではないかということに行き着きました。こんな話し合いを重ねていくうちに、K君のお母ちゃん。「わらしべってすごいところですねえ」としきりに感心し始めました。「そうですよね、そうですよね」とみんなの話し合いにうなずき、入ってくるおかあちゃん。他の実行委員も「うん、うん」と人間の性、弱さについて「みんなそうなんだね」と一同感心。K君のお母ちゃん「実行委員会に入ってよかった」と言ってくれました。
さて、運動会も終わって、懇談会も終わって、いよいよ夜の宴会。「懇談会ってさ、子どもたちの競技の中で子どもたちの人間性っていうか、弱さも強さもいっぱい出してるんだってことを、よく教えてもらえていいよね」という話から始まり、「あの競技って、どういう風に考え出されるの?」という話になりました。
園長や、それぞれの担任も「今の子どもたちにとって、一番楽しめるもの。ちょっと難しくて、ちょっと背伸びもするけれど、ちょっと背伸びすると手に入って、楽しくって、また背伸びしたくなるくらいのものって何だろう」「背伸びをして疲れちゃうんじゃなくて、背伸びをするともっともっと力が湧いてくるものって何だろう」というのが、頭のひねりどころ。これを見つけるのがとっても難しい。最初考えてみて、実際やってみると、簡単すぎて子どもたちに合わない。難しすぎて子どもたちが二度とやりたがらないということも度々。また、面白かったけれど、何度もやっているうちに簡単になってしまい、見向きもされなくなることもしばしば。夏の間プールでさんざん「見てて、見てて」と自己主張した子どもたちは、9月に入ってもどんどん伸びようとします。そこに、ちょうどいい教材を見つけるのが、運動会の前の職員の難問。今の子どもの段階と、伸びようとする伸びしろと、その子の興味と、伸ばしてあげたい力と、みんなで獲得していく力と・・・・、そんなものがいっぱいかみ合わさって「楽しい」が生まれます。
運動会の中心になるのは何といっても、実行委員である年長の担任。運動会の全体をつかみ、時間から場所から、各係の配分をし、さらに年長という大事な時期の子どもたちの競技も考えていかなければなりません。ところが、今年の年長担任のTさん。初めての年長担任です。実行委員会を回すのを手際よくやってくれましたが、肝心の年長競技に頭が回りません。他のクラス担任の話を聞きながら、一生懸命に段取りをしてくれます。他のクラス担任は、何度も何度も、自分のクラスの子どもたちが、一番楽しめるものは何かを考え、競技を変更し、昼休みにみんなの前でプレゼンし、質問をもらい、実際やってみると、子どもたちにピッタリ当てはまらず、考え直しをする。それを繰り返しています。みんなが子どもたちにピッタリの競技を作り終えたのが、3日前。Kさんは、そこではたと気付き、年長の競技を考え出しました。でも、いままで考えていなかったので、子どもたちの一挙手一投足が思い浮かびません。「あれがやりたい」「これがやりたい」という願望は出ますが、それが現実子どもたちにピッタリ合うのかどうか、が検証されていません。まして、運動会というパフォーマンスの日です。その子の様子が、みんなに見えるようにしなければなりません。私の中には、私なりの今年の年長の課題、頑張り、楽しみ方などのイメージがありますが、決めるのは年長担任。「これをやりなさい」と強制することはできません。じっと見守ることしかできません。彼女は寝ても覚めても年長の姿を思い浮かべていたことでしょう。翌日から、彼女の言うとおりやってみますが、なかなか年長の行動とマッチしません。彼女も「今まで、自分は子どもたちの何を見てきたのだろう」と悩みますが、立ち止まる時間はもうありません。運動会を目の前にして、なんとか競技を作るしかありません。自分と時間との闘いです。
ようやく競技として成立したのが前日。もちろん年長さんたちは、何をやればいいのか知りません。(これは毎年のことですが)私のほうも、全体の時間配分に、「年長の競技○○分」とノートに書き込めません。全体の帳尻だけ合わせ、何とかこなすだけです。
運動会が終わった後、彼女は「疲れたけど落ち込まなかった」と言いに来ました。「疲れたけれど、すっきりした」とも言っていました。子どもとともに伸びた彼女は、自ら、しっかり背伸びして、しっかり力を付けたのでしょう。

運動会後、小さい子も、大きい子も、学童さんも、しっかり確実に階段を上ったようで、毎日とても楽しそうです。子どもも、大人も伸びる運動会って、やはり楽しいですよね。

(代表理事 長谷川佳代子)

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2014.11.17 / Top↑
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